| 点額竜 |
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人は時として、爪楊枝を求める。 何故楊枝を求めるのか。それは、歯の奥に何かが挟まっているからである。何故、そして何が挟まっているのか。それは分からぬ。 「気になる……」 口に出したため、さらに気になる。無論、授業中なので小さい声である。 ともあれ何らかの方策はうたねばなるまい。まずは指を口の中に突っ込む。それでとれれば楽なのだが。 ――とれぬ。 唾液が指を濡らす。これではノートに触ることが出来ぬ。ノートに触れないのでは勉強することが出来ぬ。これは学生たる自分の存在意義の危機であろう。よもやこんな日常に危機が潜んでいるとは。嫌な世の中になったものである。 ――だめだ、指ではとれない。数分に及ぶ努力の結果がこのように終わるというのも情けない話である。一介の学生である私の指では、口の中の真実には届かないというのか。 だが私も人間だ。人間である以上知恵がある。知恵があるならば考えればよい。どうすればこの窮地を脱することができるか。 単純に考えるならば授業を抜ければよい。探せば楊枝など幾らでも売っていよう。だが、それは敗北を意味する。 そう。勝てる勝負で勝っても進歩は無い。鳥は飛べる。私は飛べない。鳥は地べたを速く走れない。私は速く走れる。しかしだ、それは互角ということではない。ただ土俵が違うだけだ。そもそも比べても仕方ないところで比べているに過ぎぬ。空という領域において人間が負けているのはいかんともしがたい事実なのだ。 負けるということは悔しいものだ。ゆえに、人は勝つ努力を積み重ねてきたのである。その努力こそが、いわゆる「進歩」の原動力なのだ。それを私がここで放棄しても良いのか。 無論、だめだ。先人の心をこんな所で無為に帰すわけにはいかない。 ならばどうする。答えは分かっている。ようは、楊枝を手に入れれば勝ちなのだ。そして、条件はここから動かぬこと。だが、ここには楊枝は無い。 ならば結論は簡単だ。無いなら作る。先ほど大敗を喫したとはいえ、私には親から貰った指がある。指があるなら作ることができよう。 幸いにして、道具もある。カッターは頼もしい味方だ。だが材料は。残念ながら、私の筆箱には木材が入っていない。これは致命的だ。 代わりになるものは。目に入ったのは机だ。ニスなどがぬってあり、妙にきらめいて見えるが木には違いあるまい。しかし学生が、その寄りべである机を傷つけてもよいのか。 学生の心をとるべきか。それとも先人の心をとるべきか。 「うぐっ……」 どちらも譲れぬ。共に人類の宝なのだ。 ――視線!? 苦悩のあまり声がでてしまった。それを聞いてのことか。近くの生徒が私を笑いながら見ている。 人がこれだけ悩んでいるというのに。なんと気楽な目。人類の尊厳がかかっているのだぞ!? 私は抗議の声をあげようとして口を開きかけた。その時、その生徒が持っているものが目に飛び込んできた。 鉛筆だ! そうか。鉛筆の主な材料は黒鉛と、木だ。最近シャープペンシルばかり使っているから気がつかなかった。技術というものは時に発想を盲目へと導いてしまうようだ。 慌てて筆箱から鉛筆を探す。 ――あった。鉛筆だ。 筆箱に入っている4Bの鉛筆。かつて絵の練習をしようと思い立ち、買うだけ買って一本たりとも削らなかったものだ。人間、飽きるから次へと進めるのだ。 とはいえ、鉛筆を爪楊枝にしてしまってもいいものなのか。鉛筆の本分とは字を書くことであり、断じて歯の清掃用具ではあるまい。 だが、答えはYESだ。なにも鉛筆全体を爪楊枝にしてしまうわけではない。一部を削りとるだけだ。それならば、まだ十分に鉛筆としての機能を保持しよう。 水泳選手が虫歯になったからといって、水泳ができなくなるわけではないのと一緒だ。ようは肝心な部分さえ残っていればなんとかなるのだ。 これで材料は確保できた。いよいよ爪楊枝を作るときだ。 カッターの刃を伸ばす。白色電灯の光に照る刃が美しい。 そして……削る、削る、削る! 三分後――そこには一本の爪楊枝が鎮座していた。 とれる。 確信した。歯の奥に挟まる異物も、この自家製爪楊枝の敵ではない。鋭い先端は、確実に獲物を捕らえるだろう。 私は口腔内に爪楊枝を入れた。爪楊枝は私の意に従い踊る。 そして、やがて目的を果たした。 私に訪れる開放感と清涼感、充実感。 心底思う。 生きていて――よかった。 そして、授業が終わった。私は教室を抜け、水道に向かう。 「おまえ、授業中に何してたの?」 友に尋ねられる。私は、授業中の戦い、そしてその勝利を事細かに語った。 「はぁ……よく分からないけど、よかったね」 友の言葉は不可解であった。だが、些細なことだったのだろう。友はすぐに立ち去っていった。 それを見届けてから、私はいつものように水道の水を流し、入れ歯をはずした。 |